ほとんど70歳以上…役職もう無理 居住しながら自治会解散(福井新聞ONLINE)

情報元 : ほとんど70歳以上…役職もう無理 居住しながら自治会解散(福井新聞ONLINE)福井新聞社https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190112-00010001-fukui-l18
 福井県福井市内にある二つの自治会が、解散したことが分かった。ともに少数の高齢世帯で構成しており、地区の自治会連合会などから割り振られる役職を務める負担が大きくなったためとみられる。福井県市町振興課によると、合併に伴う解散以外で、住民が居住しながら自治会がなくなるのは県内で初めて。超高齢社会の影響や地域コミュニティーの希薄化に伴う自治会解散の連鎖も今後懸念される。
 解散したのは、美山地区の東俣町にある「東俣町自治会」と、市中心部に近い乾徳2丁目の一画にある「乾徳10自治会」。市は昨年12月27日と今年1月4日にそれぞれの自治会廃止届を受理した。
 東俣町自治会は6世帯14人、乾徳10自治会は6世帯11人で構成。ともに住民のほとんどが70歳を超えており、福祉委員、青少年育成推進員などの役職を担うことが負担になっていたようだ。
 「自治会は災害など万一の際に互助組織として機能する。できるならば維持することが望ましい」とする市は、東俣町に隣接自治会との合併を勧めたが、「(他の集落に)迷惑をかけたくない」などと了解を得られなかった。ただ、災害に備え最低限の連絡体制を残しておくため、市との情報伝達役になる行政嘱託員は住民に引き受けてもらった。住宅街にあり周辺に自治会が多数ある乾徳については、今後合併を働き掛けていく。
 自治会の解散により、防犯灯の設置・電気料の補助金、ごみステーション美化協力金などの各種補助が受けられなくなる。
 両地域の住民とも、解散前と変わらない暮らし、集落機能は維持したい意向。東俣町は地区に対し必要な負担金は今後も納めることを検討し、ごみステーションも住民が協力して管理していくとみられる。乾徳では街灯の電気代を自治会の積立金から支払う予定。
 市自治会連合会の奥村清治会長は「高齢者への目配りができなくなるのでは」と心配し、自治会の解散が今後連鎖する事態も危惧する。
 市まち未来創造室によると、市内には1543の自治会があり、平均世帯数は約50世帯。高齢化による役員の担い手不足に陥る自治会は増えているという。このため市は自治会の合併を後押しし、合併後3年間は補助金を交付している。2013~17年度に22自治会が9自治会に再編された。

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魚沼・薬師スキー場 子どもの教室を開校(北陸新幹線で行こう! 北陸・信越観光ナビ)

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 新潟県魚沼市七日市新田の薬師スキー場で、今シーズンの「子供スキー教室」が開校した。子どもたちは早速、上達を目指し練習に取り組んだ。
 教室は、薬師スキー学校(星光一校長)が主催。保育園年長組から小学校6年生までの184人が参加した。レベルにより10班に分け、3月10日まで計20回開かれる。
 開校式は5日に開かれた。星校長が「スキーが上手になるだけではなく、友達と仲良くすることも大切です」とあいさつ。「教室が終わる頃、全員がゲレンデの上の方から滑れるようになりましょう」と呼び掛けた。
 同市の梅田勝教育長は「寒い冬、暖かい部屋でゲームをしたりテレビを見たりせず、あえてスキー教室を選んだことをうれしく思います」と激励した。教室を支援している電源開発からは、子どもたちの代表にゼッケンが贈られた。
 開校式に続き、子どもたちは一斉にゲレンデへと繰り出し、ボランティアスタッフ約20人の指導を受けながら、練習に汗を流した。

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【千葉のゴジラへの道・安田尚憲】忘れることのない私の原点 悔しい思い原動力に(産経新聞)

情報元 : 【千葉のゴジラへの道・安田尚憲】忘れることのない私の原点 悔しい思い原動力に(産経新聞)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180730-00000070-san-l12
 今年も全国高校野球選手権大会が8月5日に阪神甲子園球場で開幕します。私の母校、履正社は7月27日に大阪桐蔭と北大阪大会の準決勝でぶつかりました。この日、私が出場する2軍の試合がたまたまナイターだったこともあり、インターネットの中継で両校の試合を見ることができました。結果は九回2死から逆転負け。すごくいい試合で、最後まで何が起こるか分からない野球の怖さを感じた試合でもありました。
 必死に頑張る後輩たちの姿は自分の刺激にもなりました。とても悔しい結果ではありますが、これで野球人生が終わるわけではありません。この悔しさはきっとこれからに生きると思います。聞けば、3年生の全員が大学で野球を続けるとのこと。これからも続く野球人生で素晴らしい栄光をつかんでくれることを願っています。
 思えば私自身も高校3年生の夏は大阪大会の準決勝で大阪桐蔭に敗れ、甲子園出場はなりませんでした。その時は4打数1安打。抜ければ試合展開が変わったであろう大きな当たりがあったのですが、中堅手にとられる悔しい場面もありました。
 大阪桐蔭は春の選抜大会の決勝で負けた相手だったということもあり、なんとかリベンジをしようと燃えていたのですが、それはかないませんでした。自分の中では負けても泣かないと決めていたのですが、試合後のミーティングでキャプテンから一言があり、次に副キャプテンの私が話をする番となったときに自然と涙がこぼれました。仲間たちと甲子園に行けなかった悔しさが自然と沸き上がってきました。その時の気持ちは今でも鮮明に覚えています。
 今にして思えば、あの日の悔しい思いこそが、もっともっとうまくなってやろうという私の原動力になっています。プロになった今も忘れることのない私の原点だと思います。
 さて現在の私ですが、調整は順調で、けがもなく試合に出続けることができています。1軍のペナントレースも後半戦に入り、残り試合数も減ってきました。今はいつ呼ばれてもいいような準備ができている状態です。なんとか後半戦で1軍デビューをして、1軍の戦力として活躍をしたいと思っています。
 呼ばれるその日までしっかりと身も心も備えていきたいと思っていますので、これからも応援よろしくお願いします。

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