全電源喪失を想定 伊方原発で防災訓練(愛媛県)(南海放送)

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地震や津波により原発内の全ての電源が喪失したことなどを想定した訓練が伊方原発で行われた。
訓練は震度6強の地震と、津波で設備が水没したことなどにより全ての電源が失われたとの想定で行われた。
今回は想定外の事態に対する対応能力の向上を図るため、訓練のシナリオを事前に伝えない「ブラインド方式」で行われ、職員らは緊急時対策室用の非常用発電機を起動させる手順や放射性物質が室内に入るのを防ぐ空気浄化設備を設置する手順を確認していた。
また、地震で自動停止した3号機で1次冷却水が漏れ出すとの想定もあり、職員らは原子炉を冷やすためポンプ車を水を貯めたタンクに接続し炉心に注水する手順なども確認していた。
訓練の結果は国に報告されるということで、四国電力は「今後も訓練を重ね緊急時の対応能力の向上を図りたい」としている。

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徳島の魅力、モロッコ王国で紹介 写真家モハメッドさん(徳島新聞)

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 北アフリカのモロッコ王国で、同国人写真家モハメッド・ベンモフタルさん(30)による日本写真展(在モロッコ王国日本国大使館主催)が開かれ、阿波踊り、祖谷渓谷など徳島県内で撮影した13点が紹介された。モハメッドさんは「徳島の美しい景色をはじめ、自分が発見した日本の素晴らしい場所を多くの人と共有したかった」と話している。
 モロッコ文化・コミュニケーション省内のギャラリーに現地時間の6~14日、伏見稲荷大社(京都市)や平和記念公園(広島市)など、2017年4月に来日した際にカメラに収めた1府4県の40点を展示。徳島の作品が最も多く、阿波おどり会館(徳島市)の公演の様子や、奧祖谷二重かずら橋(三好市)でたたずむ男性などの写真が並んだ。
 モハメッドさんはアラブ諸国のカメラマンを対象にした16年の写真コンクールで第1席となり、その副賞として日本を旅行した。自信作が多く撮れたことから、日本大使館に相談して展示会を開くことになった。
 「今回の日本旅行で徳島が気に入った。特に祖谷渓にはまた行く機会をつくり、もっと長く滞在したい」と意欲を見せている。

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「カメ止め」出演俳優がOB 甲南大「映研」が廃部状態から復活(神戸新聞NEXT)

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 部員がいなくなり、10年以上廃部状態だった甲南大学(神戸市東灘区)の「映画研究部(映研)」が今年1月、「映画研究会」として復活した。古巣がないのは寂しい、というOBらの嘆き節に、映画好きの現役生が奮起。メンバーは現在9人で、今後は新入生勧誘などで仲間を増やし、かつてのような映画製作にも挑戦したいという。(黒川裕生)
 同大の映研は、数年間の自主活動を経て1956(昭和31)年、正式に創部。主に個人映画の製作や学内外での上映会、他大学の映研との交流などに取り組んできた。OBには、2018年に社会現象となった映画「カメラを止めるな!」に出演した俳優曽我真臣さん(05年卒)らがいる。
 同大の古いクラブ活動冊子などによると、過去、映研の部員数は安定して30人台を保っていたらしい。しかし、06年ごろ、何らかの理由で同好会に「格下げ」された後、そのまま消滅したとみられる。
 これに困ったのが、現在も頻繁に集まるOB、OGたちだ。現役とのパイプが消えたことを嘆く声は年々大きくなり、ついには「映研を復活させてくれたら、活動資金や機材はわれわれがなんとかしよう」とまで言いだした。
 折しも昨秋、同大で曽我さんを招いたキャリアデザインに関する講義が行われた。曽我さんと同期で、現役時代は俳優から監督、カメラマンまでこなした会社役員吉川智子さん(36)ら元映研の5人も駆け付け、受講していた学生約150人に部の復活を提案したところ、法学部1年の今崎光彩さん(19)ら数人が応じたという。
 同大文化会のOB、OGらでつくる組織「甲樽会」などのバックアップも得て、1月にはサークルとして大学に登録申請。5月に認定される見通しだ。代表には、元町映画館(同市中央区)のスタッフとしても働く今崎さんが就いた。
 今月7日には学内でランチミーティングを開き、今後の方針などについて意見を交わした。経済学部1年の男子学生(19)は「映画を作ることに興味がある。イラストが得意なので、アニメーションなんていいかも」。今崎さんも「映画を見て感想を言い合える仲間が増えれば」と期待している。

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男衆、迫力の争奪戦 五大尊蘇民祭【岩手】(岩手日日新聞社)

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 花巻市の無形民俗文化財に指定されている五大尊蘇民祭は11日、同市石鳥谷町五大堂の光勝寺で行われた。五穀豊穣(ほうじょう)や厄よけを願い、下帯姿の男衆が蘇民袋を激しく奪い合った。黒石寺蘇民祭 勇壮に柴燈木登 護摩法要が営まれたほか、ミカンや餅などがまかれ、集まった参拝者や見物客らを喜ばせた。
 無病息災を祈願する板札入りの蘇民袋争奪戦には、県内外から約50人が参加。例年に比べて雪が少ない中で肉弾戦が繰り広げられ、威勢の良い掛け声が響いた。
 周囲からは何度も水が浴びせ掛けられ、奮闘する男衆の姿をアマチュアカメラマンが追い掛けた。
 第一取り主は、父親と一緒に参加した同市矢沢の菊池勇也さん(29)。3度目の挑戦で初の取り主となり、「家族全員が安全に過ごすことができれば」と願いを込めた。
 五大尊蘇民祭は、1191(建久2)年、国家安全や病魔退散を祈願した護摩法要の際、配られた護摩餅を参拝者が競って手に入れようとしたのが始まりと伝えられる。1894(明治27)年から365枚の板札が入った蘇民袋を奪い合う現在の形となり、毎年旧暦1月7日に行われている。

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山中湖でダイヤモンド富士 アイスキャンドルや冬花火も /山梨(みんなの経済新聞ネットワーク)

情報元 : 山中湖でダイヤモンド富士 アイスキャンドルや冬花火も /山梨(みんなの経済新聞ネットワーク)みんなの経済新聞ネットワークhttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190201-00000050-minkei-l19
 山中湖湖畔で2月1日から、ダイヤモンド富士の期間にあわせてさまざまなイベントを展開する「山中湖ダイヤモンド富士ウィークス」が開催される。(富士山経済新聞)
 ダイヤモンド富士は、富士山の山頂から太陽が昇る瞬間と夕日が沈む瞬間に太陽と山頂がぴったり重なり、ダイヤモンドのように輝く秋と冬に見られる現象。
 2月初~中旬は、比較的天候が安定しているためダイヤモンド富士が見られる日が多いことから、この期間を「DIAMONDFUJIWEEKS」としており、毎年全国からカメラマンが集まるという。
 今年は2月1日~22日の日没時に見ることができるという。2月16日には、アイスキャンドルの点灯と冬花火を行う「アイスキャンドルフェスティバル」も開催。
 山中湖村観光課公式サイトなどでは、ダイヤモンド富士撮影ポイントや日時を公開している。

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難民の現実、克明に フォトジャーナリスト久保田さんが著書出版(岐阜新聞Web)

情報元 : 難民の現実、克明に フォトジャーナリスト久保田さんが著書出版(岐阜新聞Web)岐阜新聞社https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190122-00107741-gifuweb-l21
 シリアやイラクなどの紛争地や難民を取材してきた岐阜県大垣市出身のフォトジャーナリスト久保田弘信さん=東京都=が今月、初の著書「世界のいまを伝えたい」(汐文社刊)を出版した。20年以上に及ぶ戦争取材を盛り込んだ同書を手に、「危険な上に赤字続きでも、多くの人との出会い、つながりが生まれたから続けることができた」と振り返った。
 フリーカメラマンだった1998年、好奇心からアフガン難民キャンプを訪れたことが、ジャーナリズムに転じるきっかけに。「最後まで責任を持って追い続けたい」とパキスタンやアフガニスタンに通い詰めた。
 それでも、食料や医療が届かないキャンプで、次々と亡くなる子どもを撮影するのはつらかったという。「人の不幸を売るハイエナなのかと自問自答もした。だが、より多くの子どもを救うためには心苦しくても撮るのが使命だと気付いた」
 9・11同時多発テロ後のアフガン戦争では、イスラム原理主義組織タリバンの本拠地に入り込み、イラク戦争ではバグダッドの空爆を決死の思いでリポート。生死が紙一重の戦場、戦禍の中で生きる人々、そして祖国を奪われた難民の姿にレンズを向けてきた。
 「彼らが懸命に生きる姿を通して、戦争の愚かさや悲惨さを世に訴えることができる」という考えからだ。
 シリアで拘束されたジャーナリスト安田純平さん解放の際には自己責任論が再燃したが、後書きでは「僕は危険をおかしてでも取材に向かう。(中略)報道すると、例えば難民に支援の手が差し伸べられるようになるなど”何かが変わる”」と現地に赴く必要性を説いた。
 こうした取材を続ける動機として、両親の離婚で貧困やいじめを体験した自身の少年時代に理由を見出す。「この環境が、人の痛みがわかる人間に育ててくれた」
 同書では、物理学者を夢見た中学時代、教育実習での母校再訪など郷里・大垣の思い出にも触れている。四六判、207ページ。小学生高学年から読めるよう平易な文章にしてルビも振った。
 子どもたちには「世界には戦争や貧しさで勉強ができない子どもたちがいる。本を読んで世界の大変さを感じたならば、学んだスキルでそれを変える力になる仕事に就いて世界に恩返しをしてほしい」と期待している。

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ハクチョウ集う古徳沼 那珂(茨城新聞クロスアイ)

情報元 : ハクチョウ集う古徳沼 那珂(茨城新聞クロスアイ)茨城新聞社https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190119-00000003-ibaraki-l08
那珂市古徳の古徳沼に越冬のためハクチョウが飛来している。市商工観光課によると、2018年11月13日に今シーズン最初の14羽が観測され、1月9日にはシーズンで最も多い137羽を確認。ハクチョウを目当てに、多くのカメラマンが撮影しているほか、家族連れが散策を楽しんでいる。
毎日約100羽が羽を休めているという。社会福祉施設による餌やりが1日2回あり、午前7時半~8時と、午後2時半~3時に行われている。同所には無料駐車場やトイレもあり気軽に観察が楽しめる。1966年からハクチョウが訪れるようになったという。

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水門祭本番に向け獅子出し 串本町(紀伊民報)

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 和歌山県串本町大島にある水門(みなと)神社の例祭「水門祭」(2月8、9日)に向け、獅子舞の稽古始め「獅子出し」が15日、紀伊大島開発総合センターであった。祭り関係者約50人が集まる中、地元の青年らでつくる「大同会」が獅子舞を披露した。
 祭りは大島の北、北中、南、南中の4組が順番で当番を務めており、今年は南中組(宮下漁次組長)が当番。祭典執行委員長は浜口平さん(54)が務める。
 獅子出しでは、大島区の稲田賢区長(69)が「今日から祭りの準備が始まる。若い人の力なくして祭りを執行することは難しい。協力をお願いする」とあいさつ。乾杯の後、大同会が「乱獅子」を披露した。獅子舞は、総仕上げとなる「衣装付け」(2月7日)まで、ほぼ毎夜稽古する。
 大同会の吉田龍会長(32)は「若い会員が増えてきたので、しっかりと伝統を引き継いでいきたい」、大同会のOBらでつくる祭典保存会の吉田隆会長(59)は「自衛隊の力を借りながら、何とか祭りを続けている。昔は独身の男が祭りを担っていたが、今は結婚している人が多く苦労を掛けている」と話していた。

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奈良の風景撮り続ける がんと闘う映像作家(MBSニュース)

情報元 : 奈良の風景撮り続ける がんと闘う映像作家(MBSニュース)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180808-00010002-mbsnews-l29
30年以上フリーカメラマンとしてテレビ番組づくりに携わってきた男性。5年前に「直腸がん」と診断され、余命2か月と宣告されました。その後、がんと闘い続けながら奈良の風景を撮り続けています。
映像作家・保山耕一さん(55)は、奈良の風景にカメラを向け撮影し続けています。
Q.何を撮ってらっしゃる?
「ハスを。夏の花と言えば、ハスのイメージ」(保山耕一さん)
色鮮やかに咲き誇る花。流れる雲、風や光など、保山さんが撮影するのは特別な場所、瞬間ではなく、当たり前にある奈良の風景です。
フリーカメラマンとして30年以上、第一線でテレビの制作に携わってきた保山さんを5年前、病魔が襲います。「末期の直腸がん」と診断されました。手術は成功したものの直腸を全摘出。抗がん剤治療も続き、しばらくテレビの現場を離れることになりました。
「仕事だけの人間だったんで、がんになって倒れて、人のつながりもなくなって、社会とのつながりもなくなって、ただ食べて、出してというか。『しんどい、しんどい』と言いながら、あと何年生きるんやみたいな。副作用と後遺症に苦しむ毎日で。何よりも生きていることを実感したくて、撮影したいと。結局、自分にできることは撮影することしかないということがすごくよくわかって。とりあえず何か撮ろうと」(保山耕一さん)
そのとき、手にしたのが「スマホ」でした。
「絶望しかしてへんときにスマホをいじっていたら、動画機能があるということを初めて知ったんですね。『これ動画撮れるんか』と思って。撮っているときは、スマホであってもしんどいのを忘れるんですよ。気持ちがいいっていうわけじゃないけど、『ああ、こんな自分久しぶりやな』って思って」(保山耕一さん)
「自分の撮りたいものを撮ろう」と決めた保山さんは、必要最低限の機材を揃え自身が暮らす奈良の風景を被写体に選びました。
「奈良の一番すごいところは、やっぱり季節感なんですよね。四季があるというか、365日毎日毎日違った表情がある。その日の季節を撮って、フェイスブックやユーチューブに、その日のうちにアップすると決めた」(保山耕一さん)
抗がん剤の副作用によるめまいで車を運転することができず、電車やバスで県内をめぐりながらひとり撮影を続けた保山さん。がんの再発も乗り越え、撮り続けた作品は当初目標としていた365本を超え500本目前です。

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